体感時間、一千年

この夜が明けるまで

『図書館戦争』の影響で「有害図書」についてちょっと調べてみた。

映画『図書館戦争』面白かったです。

当時なんとなく流行ってるイメージはあったものの見ていなかったので新鮮でした。最初の一作しかまだ見ていないので他の作品も見たら感想書くかも。

榮倉奈々、マジで強い女性だ。言い方が失礼かもしれないけど、それを描きたい作品でもあるんじゃないか。困難を超えていける、悪く言えばパワハラでも耐えられる運動部のように強い男性的な女性像。

そして図書隊とメディア良化隊の戦争、ガチすぎる。どこまで世紀末になれば日本でそうなるんだ。ここが流石に許せなさすぎてその後現実の「有害図書の本」を読みました。

これらが強く印象に残りましたがアクション、ラブコメ風、図書隊の本を読む自由を守る姿はカッコよくキャストも豪華で楽しめました。終盤の最後の言葉に見せかけて位置を伝える「今日は誕生日なのにいけなくてごめん」みたいなやつはめっちゃ頭回ってるなと思った。そこからの堂上先輩がアツいんだ。

 

さて、ここからが現実の有害図書について調べて見た感想。

Amazon.co.jp: 有害図書の本 eBook : 永山薫: 本

表紙が素晴らしい(個人的な感想です)

有害図書なんて指定が唯一存在しない長野県で10代を過ごしていたのもあり寡聞にも知りませんでしたが面白い世界でした。

大体現実の有害図書(東京都では8条指定図書)は危ないことを示唆する本か性的描写の多い本がほとんどである。本書はしかしそれが条例で規制されるほどやばいのか?ということを疑問視している。ちゃんと条例を読めば「あくまでも青少年にとって有害だと限定している」ことがわかるが、区分陳列(ゾーニング)によって書店に出なかったり指定された巻がなかったり、大人も万人に有害な図書だと勘違いしたりアクセス制限されていたりするのだ。

この辺がめちゃくちゃ悪くなると図書館戦争になるのかもしれない。思想検閲という世界。

現実の日本には検閲制度もなく発禁もないが、わいせつ物頒布罪で摘発された本や、人権侵害や著作権侵害で出版差止めが出た場合は売れない。じゃあ有害図書規制は検閲じゃないか?合憲なの?というと1989年の岐阜判例によると合憲らしい、今の所は。

有害図書は自治体それぞれで決められているが、実質の決定プロセス、議事録などが残されていない場合が多々ある。これは東京都も近しい状態であり今の条例の不透明な部分と言えるだろう。

ここからはイラスト付きで1960年から2020年代に至るまで(といっても有害図書指定はどんどん減ってきているのだが)各自治体ごとの傾向を見ながら追ってくれる。ここは正直実際に見ないと楽しさがわからない。有害図書って色々あって、でもどれも一定面白そうな感じがするのが不思議。

あとはインタビューだったりでしょうか。いろいろな方々のお話を聞くと今のご時世もあり有害図書制度だけでは青少年に与える悪影響は止められないだろうし、形骸化している制度ならやっぱり在り方をなんとかしたいなって思います。

図書館戦争のメディア良化隊もなんかインターネットとか見張った方がいいと思うんですが、それはこの12年ほどの月日の違いもあるでしょうか。

今の子で本読んでたら多少のリテラシーがあるような気はする。あと「完全自殺マニュアル」や「図解アリエナイ理科ノ教科書」がちゃんと肝心なところは飛ばしてるって配慮があったとこ。今考えるとそりゃ完璧なデータなんて渡せるわけないよなと思うし、制作者は子供が読むことに一応配慮してるということがわかって安心できる。書く側にもリテラシーがあって読む側にも家庭で学校でリテラシーを身につけさせればいい話じゃん。まぁ条例とかは無くすのめっちゃ面倒らしいんで無くならないでしょう。

まとめると、有害図書、結果の証拠がなくて過程のプロセスもないのは見直してほしいかも。でもコンビニの雑誌類のゾーニング(実質消えたけど)はあった方が良いような気もするから難しい。子供の頃気まずかった記憶がある。でも、本の流通のことを考えると各々のリテラシーで減らしていけるといいのかなって思います。せっかく面白い本が多いんだから。